上橋菜穂子BOOK   BBS 辞典 HOME

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「精霊の守り人」野間児童文芸新人賞、サンケイ児童出版文化賞bk1 
< ニュンガ・ロ・イムの卵 >

30才の用心棒バルサ。
「長いあぶらっけのない黒髪をうなじでたばね、化粧ひとつしていない顔は日に焼けて、すでにこじわが見える。」うーん、この描写。とても児童文学の主人公のものとは思えない。しかし、このバルサ、実に魅力的だ。悩んだり、苦しんだりする等身大の女性だ。
バルサは、偶然皇子チャグムを救ったことから、警護の依頼を受ける。しかし、チャグムは「ニュンガ・ロ・イム(水の守り手)」の卵に関わる子どもだったため、異界・ヨゴ皇国の両方から追われることになる。
国を動かす聖導師と「異端」のトロガイの会話。チャグムの母親の辛さ。チャグムの警護の道すがら、バルサに関わる人々の歴史が少しずつ紐解かれ、次作へと繋がっている。
子どもよりもおとなの女性が愉しめる。
「闇の守り人」日本児童文学者協会賞bk1 
< 山の闇のなかでは、人は、心をいつわれぬという。 >

女用心棒バルサ。
バルサの生い立ちが明らかになるのが本書。

幼い日にカンバル国王に父を殺されたバルサは、父の親友ジグロに助けられ生まれ故郷を後にする。しかいs、そのためにジグロは汚名を着せられ異郷の地で命果てた。
バルサは、過去と対決し、ジグロの汚名を晴らすため生まれ故郷のカンバル王国へ入る。
そこで待っていたのは、新たな陰謀だった。

ジグロや父親の思い、そしてそれに思いをはせるバルサが切ない。
子を育てる親は、自分を犠牲にするところがある。父の親友だというだけでその犠牲を強いられたジグロに負い目を抱くバルサが解放されるのは、山の闇の中でしかありえなかった。・・山の民やティティ・ランなどの生き物も魅力的。
「夢の守り人」路傍の石文学賞bk1 
< 人鬼と化したタンダをバルサは救えるか。 >

ますます、児童文学ではない気がしてくるバルサシリーズの三冊目。

今回、バルサが救うのは、いつも怪我をしたバルサを助けてくれる大呪術師トロガイの弟子タンダ。タンダは、バルサに求愛していたが、バルサはこれまで過去を断ち切れず、タンダの思いを受け入れることができなかった。
 そのタンダが、花の夢にとらわれてしまう。バルサは、チャグム、トロガイと共にタンダを助けに向かう。

子どもを亡くした母親の思いが、とんでもないモノを産んでしまうって実際にあるような気がする。夢にとらわれて外に出てこないって暗示的だなあなどと思いながら読みました。

「虚空の旅人」bk1 
< 誠実であろうとすることのあやうさ >

外伝です。

今回の主人公はチャグム。一話で女用心棒バルサに助けられていた新ヨゴ皇国の皇太子。一話よりも大分成長したチャグムは、星読博士のシュガとヤルターシ海のサンガル王国へ向かいます。新王の即位の儀に皇国を代表して参加するためです。ところが、サンガル王国では謀反の企てが密かに進行中で、チャグムたちは望むと望まないと似かかわらず、その陰謀と呪詛の中に身を置くことになるのです。
呪詛の中心になるのが<ナユーグル・ライタの目>となった5歳の少女エーシャナ。彼女は、自分を取り戻さなければ海に返されてしまいます。それは即ち死を意味し、チャグムは彼女を救いたいとある行動を起こします。
サンガル王国は、どうなるのか。チャグムはエーシャナを救えるのか。

今回の舞台は、海の香りがしてきそうな描写が印象的。
バルサは、出てきませんが、やはりただものではない女性がでてきますよ。
サンガル王国は、王家の女性たちが裏で政治を動かすという国。この国の制度も興味深いです。(そのことが、謀反の原因の1つにもなっているのですが。)今回もこの世界と重なっているもうひとつの世界が見え隠れし、重要な鍵となります。
チャグムが、国の重要人物であるということを嫌がりながらも、その責任を全うし、よい国を作りたいという思いを強く持っているのだという部分が頻繁にでてきます。ああ、すねているだけの子どもから少年、青年へと成長しているのだと感じました。
サンガル王国のタルサン王子との比較が対称的で、同じく誠実であろうとする2人のあやうさが、物語を支えている。あやうさを持ちつづけて、大人になることの難しさ。でも、そのあやうさを持ちつづけてよい国を築いてほしいと思います。とても人間臭い物語です。
「隣のアボリジニ」bk1  
「月の森にカミよ眠れ」日本児童文学者協会新人賞bk1
< 異文化を受け入れ、変容すること >

山のカミと人間の娘との間に生まれたナガタチは、人々に受け入れられないことをずっと、カミのせいだと恨んでいた。その恨みを晴らすときがやってきた。
小さなムラの月の森のカミを封じるのだ。しかし、「カミンマ」であるキシメは、ナガタチに問う。「カミ封じができるのか」と。ナガタチは、カミの力を受け継ぐもの。しかし、相撲をとったタヤタに勝つことはできなかったのだ。そのタヤタこそが、月の森のカミだったのだが。
キシメとナガタチは、互いの物語を交換する。ナガタチはその生い立ちを。キシメは、カミンマである意味とタヤタのことを。
 キシメは、カミ封じに心から賛成しているわけではなかった。だが、ムラで稲を作り租を朝廷へ納めるためには、カミの「かなめの沼」に手をいれなければならない。それはカミの怒りを呼ぶことなのだ。キシメは、タヤタ(月の森のカミ)とムラの間で揺れ動く。
 ナガタチは、キシメの揺れに腹を立てていた。ムラのためといいながら、タヤタのことを全く考えていないからだ。己のことしか考えていないと。しかし、それはナガタチも同じなのだった。ナガタチは、初めて「おのれのしたいこと」を理解した。キシメも、カミ封じを認めたのはおそろしかったからだとわかった。「カミンマ」の本当の意味を理解したとき、しかしもう遅かったのだ。

ムラの人々が朝廷の文化を受け入れなくてはならない状態になったとき、ムラの人々は苦しい決断を迫られます。「カミは、何のためにいるのか」その問いにキシメは、ムラ人たちを説得することができません。ムラの苦しみがぎりぎりと迫ってきます。体に刺青をし、誇りを持って朝廷へ出ていった男たちは、その文化の特異性に恥ずかしさを覚えるのです。そして、生活習慣を変えようとします。それもムラのことを思ってのことなのです。キシメやムラの人々、ナガタチがそれぞれに決断をしなくてはならない、追い詰められた中でタヤタは、静かにその決断を待ちます。「おれをうけいれるか」と。

最近サトクリフを読んでいたので、異文化の出会いとその変容を描いているところが、重なるなあと思いました。人の生き方も。うまく説明できないけれど是非読んでもらいたい物語です。
精霊の木 「精霊の木」bk1