上橋菜穂子 新聞記事   BBS 辞典 HOME

「ほっとひと息 上橋菜穂子 車内が即席カラオケボックス」

(静岡新聞より)
情報提供 「銀の椅子」倫子さん ありがとうございます。
今度一緒にカラオケに行こうよ!」と言われて、びっくりしたことがあります。何しろ、誘ってくれた相手がオーストラリアの先住民アボリジニで、場所がこれまた、州都から四百`も離れた小さな田舎町でしたから。「カラオケ」の世界規模の繁栄ぶり(?)に心底驚きました。
 その時は都合がつかなくて、一緒にカラオケには行けなかったのですが、歌う楽しさは万国共通なのだなと、しみじみ思いました。
 わたしは片方の足で「文化人類学の研究者」という草履を、もう一方の足で「作家」と言う草履を履いているのですが、あらためて考えてみると、どちらの稼業の場合でも、ストレスがたまった時の最も手軽でもっとも効果的な発散方法は「歌うこと」なのかもしれません。
 別に歌がうまいわけではないのですが、気分よく大声で歌っていると、ストレスで硬くよじれていた心が、ほっとゆるんでいくような気がするのです。
 オーストラリアの砂漠の小さな町などで、朝から晩まで英語漬けの生活をしている時は、車の中が私専用の即席カラオケボックスと化します。だれに気兼ねすることもなく、気ままに大声で歌える専用ボックスというわけです。
 調査のため野外に出ている時は、一日数百`の距離を運転することがまれではないのですが、そんなときには、カーオーディオが奏でてくれる気楽な日本のポップスに合せて、のどがかれるまで、いい気分で歌い続けます。
 調査の約束をすっぽかされたり、嫌なことがあっても、そうやって歌いながら運転するうちに、いつのまにか気持ちが楽になってくるから不思議です。鬱憤を、自然に、軽やかに流してくれるような力が、歌を歌うことにはあるのかもしれません。
 今度アボリジニの友人たちにカラオケに誘われたら、是非、「カラオケの本場仕込み」の歌を披露したいとおもっています。(児童文学作家)